多田名組 塩川村(黒表紙)
資料について
資料の作成年代:筆写年代不明。戦後、「忠臣組」と同じ時期にまとめられたか。
作者:未詳
資料の概要:この組踊作品は沖縄県内でも数件しか見られない作品である。多良間が舞台ではなく、沖縄本島南部にある八重瀬の多田名グスク、それから沖縄本島北部の奥・辺戸である。あらすじは、上原の按司が多田名大主に殺され、生き残った長男は放たれた火でやけどを負うが生き延び、子守役の屋比久・西田の親子に助けられる。そして屋比久の発案で西田と千代松は多田名のもとに降り、屋比久は辺戸で隠れて敵討の機会をうかがう。千代松は夢にみた母と弟に出会い、2人は辺土の屋比久のもとに向かう。そして8月10日、津堅島から帰ってきた多田名を首尾よく討つ、というもの。
本資料は#2−19をもとに、#2−19資料が破損する前に保存する目的で制作されていると思われる。本資料が重要であると言える要素は、#2−19資料で破損している箇所の文字が本資料で確認できるところである。本資料の書写段階において現在修復済みの#2−19資料が現在より破損が少なかった可能性が高く、本資料で原本(#2−19資料)を補足することができるのである。この部分については翻刻資料の当該部分を黄色のマーカーで示した。しかし、一部原本からの誤写と見られる部分(資料内に赤字で示した部分)もある。
本資料は#2−19資料を臨書しており、組踊台本のうち、原本を写して残した資料はいくつか見られるが、臨書した資料は本資料が初見である。本資料からは原本を忠実に残す、確かに伝承するという意識が見られ、貴重な資料であるとともに、現在まで数回作成されている台本の変遷においても重要な位置を占める資料である。