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- 現代語訳
右同
一 同年、惣横目狩俣親雲上、八重山嶋江
持渡御検使御方江御届用之
諸帳取〆加勢、勤日数弐拾四日
右同
一 同年、仲筋塩川弐ケ村杣山敷并海
垣沖筋竿入筆者、勤日数五日
丑年野里親雲上仕次
一 乾隆三十三子年、構之杣山敷□□
見格護、勤日数五拾六日
右同
一 乾隆三十三子年、仲筋村耕作方(并)
唐苧敷下知筆者、正月四日より(七)月
廿二日迄
廿三日迄、勤日数百四拾九日
右同
一 同年、定納布調部筆者、正月十七日より
同廿日迄、勤日数四日
右同
一 同年、嶽々倒ふく木伐取番所江持越
□拵下知筆者、正月六日より同八日迄、勤日
右に同じ
一 同年、惣横目の狩俣親雲上が八重山島へ
持参し、御検使様へ御届する
諸帳の取りまとめの加勢としての勤務日数は二十四日です。
右に同じ
一 同年、仲筋・塩川の二か村の杣山敷并びに
海垣の沖筋の測量の筆者としての勤務日数は五日です。
丑年に、野里親雲上が認証
一 乾隆三十三年の子年は、管轄の杣山敷の(時々の仕事や)
巡視としての勤務日数は五十六日です。
右同
一 乾隆三十三年の子年は、仲筋村の耕作や
唐苧敷の下知筆者として、正月四日より(七)月
廿二日までの、
廿三日迄、勤務日数は百四十九日です。
右同
一 同年、定納布の調部筆者として、正月十七日より
同二十日までの、勤務日数は四日です。
右同
一 同年、嶽々の倒れたふく木を伐採し、番所へ持ち越し
□拵え下知筆者として、正月六日より同八日までの、勤務