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  • 現代語訳

   見分之時、勤日数十日
一 同年、仲筋塩川〆二ケ村御物穀舂調
   積入并貯穀取〆筆者勤日数
   十六日
一 同年、仲筋塩川〆二ケ村格護杣山敷
   見格護并時々仕事之時下知
   勤日数二十四日
一 同年、仲筋村貯藏普請下知并
    検見筆者、勤日数二十日
一 同年、耕作方下知、勤日数弐百廿□□
乾隆二十九申年浜村里之子親雲上仕次
一 乾隆二十八未年、耕作方下知、勤日数弐百四拾八日
一 同年、杣山方仕事之時、下知勤日数三拾二日
一 同年、若文子砂川にや乗楷立船当所南表
  高あな与申処江瀬懸ニ付、仲筋塩川両村

   巡視したときの勤務日数は十日です。
一 同年、仲筋・塩川の二か村の御物穀を舂き調え、
   積入并びに貯穀取締筆者としての勤務日数は
   十六日です。
一 同年、仲筋・塩川の二か村が管理している杣山敷を
   巡視したり、時々の仕事のときの指揮としての
   勤務日数は二十四日です。
一 同年、仲筋村の貯藏の建築の指揮并びに
   検見筆者としての勤務日数は二十日です。
一 同年、耕作方の指揮としての勤務日数は弐百□□□日です。
乾隆二十九年の申年に、在番の浜村里之子親雲上が認証
一 eq \o\ad(乾隆二十八年の未年は、耕作方の指揮としての勤務日数は弐百四十八日です。,                                       )
一 eq \o\ad(同年、杣山方の仕事のときの指揮としての勤務日数は三十二日です。,                                       )
一 同年、若文子の砂川にやが乗った楷立船が当所の南表の
   高あなというところへ座礁したので、仲筋・塩川両村から
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